先日ムスメが20歳になったということで記事を書きましたが‥。
そういやボウズもその間に歳を重ねているわけで。
ボウズの誕生日の頃って、なんだかたまたまブログ休んでる時期と重なるんですよ・・
ということで、いまさらですが、
2022年2月に巻き戻したつもりで書きますね。
以下読んで下さる方はヒエヒエ豪雪の2022年2月に記憶を戻して読んでくださいませ。
なにをいまさら、と言われてもいいのです。
私の記録・記憶なのですから・・。
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2月某日。
ボウズが
17歳の誕生日を迎えました。
高校二年生。
もうとっくに私の身長を追い越し、足のサイズは28センチ。
キッチンで料理とか洗い物しているときに隣に立たれると、
「‥お‥おぅ‥」という圧迫感を感じます。
ボウズが高校に入学したのは、まさにコロナ禍の始まりの時期。
高校の二年間をコロナ禍とともに過ごしてきたことになりますね。
昼食時間は黙食。昼休みにワイワイとご飯を食べたりふざけあったり‥という当たり前の光景が失われていることに胸が痛みます。
高校一年生のときは、部活と勉強の両立。
私も送迎をしたりして、まだ辛うじて
「高校生活」らしい生活が送れていたように思います。
が。
コロナの拡大により部活動が停止。
再開したとしても、通常の練習はできず筋トレのみの日々が続いたり。
「部活が楽しくない。つか、今の練習で部活続けても意味がない」
と言い、二年生になってから部活を辞めました。
小学校一年生から続けてきたことを、ここで辞めるという寂しさはありましたが、ボウズの言うこともわかる。
すごくわかる。
ボウズは何かを決めるとき、何かを答えるときに
「自分にとって意味があるのか」を考えて結論を出す。
奥様が何か聞いても
「それ聞いてなんか意味あるの?」などと答えるものだから、奥様とボウズはかみ合わない。
二年生になり、部活を辞め。
そのエネルギーの矛先は勉強へ向かいました。
塾には行かないと言ってるので、自分で学習。図書館や学校や他のところも含めて。
まずはテレビを見る時間を制限しはじめた。楽しみにしていたいくつかの番組も見なくなった。
ゴハンのときにちょっと見るだけ。
そしてゴハンも身近に時計を置き、
「○分以内で食べる」ということを意識しているようだ。
スマホも、学校にも持っていかないし外にも持っていかない。
家での勉強中もタイマーでロックがかかるボックスにセットして、寝る前と朝しか見ていないようだ。
とにかく
「ストイック」という言葉がピッタリの生活。まるでアスリートのようだ。
そんなボウズを見てると、私の脳内ではときどき
「ロッキーのテーマ」が流れる。
そのくらいストイックだ。
そんなボウズを中心に生活が回りだすと、我が家も必然的に生活リズムができる。
朝、ボウズの弁当を作る。
夜は遅い時間に帰ってくるけど、毎日同じ時間だから、帰ったらすぐに食べられるように温かい夕飯を並べる。
そして夕飯後にはお風呂に入れるように私たちは先に済ませておく。
土日も弁当もって勉強にいくから、平日と全く同じルーティーン。
単調な日々と思いきや、これはこれで
「こういう地味かつ地道な日々こそ、毎日なにかが蓄積されているんだろうな」という充足感を感じます。
塾にいってないから、参考書も自分で
「おとーさん、次はコレ頼むわ」と選んでくる。
親はボウズが望む環境、望むものを揃えてあげるだけだ。
ムスメのときは、塾に通い、オープンキャンパス何度も通い(けっきょく見に行ってない大学だったし)、多額の投資をしたことを思えば、手もかからないしお金もかからない。
そんなボウズを見て奥様は
「心配しかない」「ぜんぜんしゃべってくれん」と心配しています。
が。
私は心配していない。ボウズの表情を見ていれば着々と進んでいることが分かる。
ボウズなりの覚悟で、ボウズなりの歩幅で、ボウズなりの目線で、受験に向かっている。
まだ明確な目標はなく、やりたいことがあるわけでもなく、行きたいところがあるわけでもない。
「決まってないからこそ、やれることをやっておけば選択肢が広がる」と言っていた。
♪なんにもないってこと、そりゃぁなんでもありってこと。
♪キミの行きたい場所へどこでも行ける。
受験まで残り一年。回りのことは心配せず駆け抜けろボウズ。
♪新しい星が瞬く世界へ、Sail Away!!
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